docomoausoftbankyahoo!BB

ピーズimages皆川相模山崎佐藤頓所緑川小林北村

はじめてのお客様
一期一会という言葉があります。『いちごいちえ』と読み一期は一生、一会は一回の出会いの意味です。人との出合いや様々な機会は、繰り返しのきかない人生にとって一度限りのものであるから、全力で臨むという意味で、人生訓や座右の銘になっています。よくドラマで野球部の部室に一球入魂と書かれた色紙がありましたが、一球一球に魂を入れて全力で投げるということで、一期一会と同じ意味です。

この言葉は茶道から出たもので、江戸時代末期、桜田門外の変(1860年)で暗殺された幕府の大老井伊直弼(1815〜1860年)によるものです。井伊直弼は彦根藩(滋賀県)の藩主で、石州流の茶人でもありました。著書「茶湯一会集」に一期一会の言葉を使ったことから世間に広まりました。それまで言葉はありませんが、考え方は茶道創成期からありました。利休の師、武野紹鴎(1502〜1555年)の「珠光一紙目録」に追加して自らいう言葉として「一期一度の茶会のように」といっているので、これが一期一会の源であるといわれています。茶道一会集で「そもそも茶湯の交会は、一期一会といいて、たとえば、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかえらざる事を思えば、実に我が一世一度の会なり。去るにより、主人は万事に心を配り、いささかも粗末なきよう、親切実意を尽くし、客にもこの会に又逢いがたき事を弁え、亭主の趣向何一つもおろそかならぬを感心し、実意をもって交わるべきなり、是を一期一会という」とあります(漢字、仮名は現代表記)。いくど同じ主客であっても再び返らないことを考えれば、一生に一度の会であるから万事に心を配り、いささかも粗末のないように、親切実意を尽くし、客も亭主の趣向をおろそかにしないようにといっています。

 「茶会が人生最後の日になった歴史上の事件があります。本能寺の変(1582年)で織田信長が明智光秀に襲われたのは、九州博多の豪商茶人?屋宗湛(1551〜1635年)を招いて開いた茶会の晩でした。赤穂浪士が吉良家に討ち入った(1702年)のは、吉良家で茶会があった日の深夜でした。

 一会集の『独座観念』には茶会が終わり、客が帰るとすぐ戸を閉めるのではなく、客を見送った後、にじり口から入り炉前で座り「今日一期一会済みて、ふたたび返らざる事を観念し、あるいは独服をいたす事、是一会の極意の習いなり。」として、この会が再び戻ってこないことを観念し、落ち度が無かったかを反省しながら自服することが一会の習いであるといっています。

当社はお客様との出会いを大事に思い何事にも一生懸命で行う事、一期一会の思いで接客を心がけて降ります.


| comments (0) | trackback (0) |


コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
 トップへ